日本が1972年にモナザイトを手放した理由
レアアースと放射性物質、中国依存のもう一つの起点
レアアースの中国依存は、たいてい埋蔵量と価格で説明される。だが日本側の記録をたどると、1972年という区切りが出てくる。国内でモナザイトという鉱石を処理しなくなった年である。理由は価格ではなく、放射性物質の扱いだった。
レアアース鉱石には、なぜ放射性物質が伴うのか
レアアース元素と、トリウムやウランは、化学的な性質が近い。イオン半径が似ているため、鉱物ができるときに同じ結晶構造の中へ一緒に取り込まれやすい。結果として、レアアースを多く含む鉱物は、放射性元素も一緒に抱えていることが多い。
代表的なのがモナザイト(モナズ石)である。リン酸塩鉱物で、レアアースを高い濃度で含む一方、トリウムを含むことで知られる。もう一つの主要鉱石であるバストネサイトも、モナザイトほどではないが放射性元素を伴う。
日本の規制上も、この2つは明確に位置づけられている。文部科学省が2009年6月26日付で示した「ウラン又はトリウムを含む原材料、製品等の安全確保に関するガイドライン」では、モナザイトとバストネサイトが、ジルコン、タンタライト、リン鉱石、チタン鉱石などとともに「指定原材料」として挙げられている。同ガイドラインは、これらによる被ばく線量が年間1ミリシーベルト以下となることを担保するための目安値を示すものとされている。
つまり、レアアースを扱うということは、日本の制度の上では、放射性物質を含みうる原材料を扱うということだった。
1968年の法改正が変えたもの
転機は1968年の原子炉等規制法(核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律)の改正である。この改正により、放射性廃棄物の投棄や保管に厳重な管理が必要となった。
モナザイトからレアアースを取り出す工程では、トリウムは製品側には残らない。分離されて、廃液や残渣の側に濃縮される。レアアースが精製されるほど、放射性物質を含む残りものが積み上がる構造になっている。
規制が強化されれば、この残りものの処理コストが跳ね上がる。事業として続けるかどうかの判断が、そこで発生することになる。
1972年、国内からモナザイト処理が消えた
日本希土類学会の学会誌に収められた藤田実・小島和浩による特別講演「世界のレアアース資源」は、当時の推移を具体的に記録している。
それによれば、モナザイトに含まれる放射性物質が廃液中に残留するおそれがあったため、1970年頃からモナザイトに代わって、バストネサイト、あるいはそれを処理した中間物である水酸化レアアースへと、使用する原料のパターンが大きく変わった。そして1972年以降は、国内でのモナザイト処理はなくなったとされる。あわせて、原料の入手先の多角化と、原料形態の多様化が図られるようになったとも述べられている。
ここで正確に読むべきなのは、日本がレアアース精製そのものをやめたわけではないという点である。やめたのは「モナザイトという原料を国内で処理すること」であり、代わりに放射性物質の負担が小さい原料形態へ切り替えた。撤退ではなく、原料転換だった。
同じ経緯は、環境政策の側からも記録されている。環境情報科学に掲載された論文は、1968年の日本の原子炉等規制法改正により放射性廃棄物の投棄や保管に厳重な管理が必要となり、結果的に1972年までにモナザイトからのレアアース抽出工程が日本からなくなった、と記している。
分野の異なる二つの資料が、独立に同じ年を指している。1972年という区切りは、その意味でかなり確度が高い。
ただし、この転換の要因を規制だけに帰してよいかは、別の問題である。原料価格や品位、供給国の事情も同時に動いていた可能性がある。ここは今回の資料では切り分けられなかった。
中国には、そもそも放射性物質を含まない鉱床があった
中国が優位に立った理由を「環境規制が緩かったから」とだけ説明する記述をよく見かける。だが、それでは説明が足りない。地質そのものが違っていたからである。
日本証券経済研究所の講演録は、この差を明確に述べている。バストネサイトとモナザイトにはウランやトリウムといった放射性物質が多く含まれるのに対し、中国の福建省、広東省、江西省で多く産出されるイオン吸着鉱は風化鉱床であるため、放射性物質を含まない。したがって処理費用がかからず、これがコスト競争力の背景になっている、という説明である。
さらに同講演録は、中国以外の鉱山はほとんどがバストネサイトとモナザイトであり、そのため漏れなく放射性物質処理の問題にぶつかってコスト高になる、これが中国以外でレアアース鉱山が開発されにくい背景になっている、とも指摘している。
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| 鉱石の種類 | 主な産地 | 放射性物質 |
|---|---|---|
| モナザイト | 豪州、インド、ブラジルなど | トリウムを含む |
| バストネサイト | 米国、中国(内モンゴル)など | モナザイトより少ないが伴う |
| イオン吸着鉱 | 中国南部(福建・広東・江西) | 風化鉱床のため含まない |
日本が1972年に手放したのは、放射性物質を伴う原料だった。中国南部には、その負担が最初から存在しない鉱床があった。同じ「レアアースを精製する」という行為でも、前提が違っていたことになる。
環境の緩さだけでは説明がつかない
地質条件に加えて、もう一つ見落とされやすい要素がある。分離技術そのものの開発である。
レアアース17元素は化学的性質が極端に似ており、1つずつ分けるのが難しい。溶媒抽出を何百段も繰り返す必要があり、この工程の設計が精製コストを決める。
中国科学院の公表資料によれば、化学者の徐光憲は、レアアースの溶媒抽出系に「恒定混合抽出比」という法則があることを見出し、1970年代に普遍性のある串級抽出理論(カスケード抽出理論)を確立した。この理論は中国のレアアース分離工業に広く応用され、実験による段階的な規模拡大を経ずに、設計上のパラメータからそのまま工業生産へ移行する「一歩放大」を可能にしたとされる。徐光憲は1978年に全国科学大会奨を、2008年度には国家最高科学技術奨を受けている。
北京大学の公表資料は、経緯も記録している。1972年、北京大学化学系がプラセオジムとネオジムの分離という任務を受け、徐光憲がこれを担った。1975年8月に北京で開かれた第1回全国希土会議で、串級抽出理論が発表されている。
日本が国内でのモナザイト処理をやめた1972年は、中国で分離技術の開発が本格的に始まった年でもあった。両者に直接の関係はない。だが、同じ時期に一方が原料を手放し、他方が分ける技術を積み上げていたという対比は、記録として残しておく価値がある。
中国の優位は、少なくとも三つの層でできている。放射性物質を含まない鉱床が存在したという地質条件。分離理論の確立という技術的蓄積。そして、環境コストの負担のあり方の違いである。どれか一つに還元すると、実像を見誤る。
この構造は、いまも続いている
掘る工程ではなく、分ける工程がボトルネックになっている。この構造は現在も変わっていない。詳しくは精製ボトルネックの解説と中国依存の実態で扱っている。
そして、放射性物質の問題は、南鳥島のレアアース泥が注目される理由の一つでもある。2018年に Scientific Reports に掲載された高谷雄太郎・加藤泰浩らの論文は、南鳥島周辺のレアアース泥の利点として、レアアース含有量が高いこと、資源量が膨大であること、抽出・回収が容易であることと並べて、放射性元素(ウランおよびトリウム)が乏しいことを挙げている。
ただし同論文にその含有量の具体的な数値は示されておらず、本稿では確認できなかった。この点は稿を改めて扱う。
この記事で確認できなかったこと
以下は、一次資料で裏づけが取れなかった事項である。判断の材料として、確認できていないことを確認できていないと記しておく。
- モナザイト、バストネサイト、イオン吸着鉱それぞれの放射能濃度の具体的な数値。二次資料には数値の記載があるが、原典を特定できなかったため本稿では採用していない
- 南鳥島のレアアース泥に含まれるウラン・トリウムの実測値
- 1972年の原料転換について、規制強化がどの程度の比重を占めたのか。価格・品位・供給国側の事情との切り分け
- 1968年から1972年にかけて、実際に原料転換を担った国内技術者の記録
【依拠した資料】藤田実・小島和浩「世界のレアアース資源」(日本希土類学会誌、J-STAGE公開)/和田喜彦「マレーシアでのレアアース資源製錬過程による環境問題」環境情報科学 43-4(2015年)/文部科学省「ウラン又はトリウムを含む原材料、製品等の安全確保に関するガイドライン」(2009年6月26日)/日本証券経済研究所「希土類(レアアース)のサプライチェーン」講演録/中国科学院および北京大学の公表資料(徐光憲に関する記述)/Takaya, Y. et al. "The tremendous potential of deep-sea mud as a source of rare-earth elements", Scientific Reports 8, 5763(2018年)。いずれも2026年9月1日に閲覧。
本記事は公表資料にもとづく記録であり、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任において行ってください。
