南鳥島のレアアース泥はなぜ「放射性物質を含まない」のか
担い手が魚の骨だから
陸上のレアアース鉱石には、ほぼ必ずトリウムやウランがついてくる。この負担が、日本の産業構造にも、マレーシアの40年にも影を落としてきた。ところが南鳥島周辺の海底にあるレアアース泥には、これらがほとんど含まれないとされる。同じレアアースなのに、なぜ違うのか。答えは、レアアースを抱えている物質そのものが違うことにある。
陸上鉱石では、なぜ放射性物質が避けられないのか
レアアース元素とトリウム・ウランは、イオン半径が近い。そのため鉱物ができるとき、同じ結晶構造の中に一緒に取り込まれる。モナザイトはその典型で、レアアースを高濃度で含む一方、トリウムを構造の一部として抱えている。もう一つの主要鉱石であるバストネサイトも同様に放射性元素を伴う。
この性質が何をもたらしたかは、日本が1972年にモナザイトを手放した理由と、マレーシアで起きたこと、いま起きていることで扱った。精製すればするほど、放射性物質を含む残渣が積み上がる。この構造が、レアアース産業の立地を決めてきた。
つまり「レアアースを分離する」という行為には、原理的に放射性廃棄物の処理がついてくる。少なくとも、陸上の鉱石を原料とするかぎりは。
レアアース泥とは何か
レアアース泥は、2011年に東京大学の加藤泰浩教授らによって発見された、新しいタイプの海底鉱物資源である。レアアースを高濃度で含む深海堆積物の総称で、公表資料では総レアアース濃度400ppm以上のものを指す。
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| 呼称 | 総レアアース濃度 |
|---|---|
| レアアース泥 | 400ppm 以上 |
| 高濃度レアアース泥 | 2,000ppm 超 |
| 超高濃度レアアース泥 | 5,000ppm 超 |
2013年には、日本の排他的経済水域内で超高濃度レアアース泥が発見された。海洋研究開発機構と東京大学の発表によれば、南鳥島南方の海底下2〜4メートル付近に、総レアアース濃度が6,600ppmに達する層が確認されている。
公表資料が挙げる5つの特長
2018年、早稲田大学の髙谷雄太郎講師と東京大学の加藤泰浩教授らの研究チームが、レアアース泥の資源分布の可視化と選鉱手法の確立について発表した。このとき早稲田大学および東京工業大学が公表した資料は、レアアース泥が資源として持つ特長を5点に整理している。
- 高い総レアアース濃度を示し、特に産業上重要な重レアアースに富むこと
- 太平洋の広範囲に分布するため膨大な資源量が見込まれること
- 遠洋性の深海堆積物として層状に分布するため資源探査が容易であること
- 開発時の環境汚染源として問題となるトリウム(Th)やウラン(U)などの放射性元素をほとんど含まないこと
- 常温の希酸で容易にレアアースを抽出できること
4番目に注目したい。ここでは放射性元素が少ないことが、単なる化学的性質としてではなく「開発時の環境汚染源として問題となる」ものが少ないという、産業上の意味づけとともに書かれている。この記述は、陸上鉱石が何に苦しんできたかを裏返したものである。
加藤泰浩教授が2017年9月の海洋技術フォーラム シンポジウムで公表した資料も、同様の整理を示している。レアアース泥の特長として「トリウム、ウランなどの放射性元素を含まない」と明記し、その含有量は身の回りの岩石よりもさらに少ないとしている。
レアアースを抱えているのは、魚の骨と歯だった
では、なぜ含まれないのか。答えは、レアアースを担っている物質にある。
Geochemical Journal に掲載された藤永公一郎氏らの論文は、南鳥島EEZの堆積物コア14本を分析した結果として、レアアース泥の層がフィリップサイト、生物起源リン酸カルシウム、マンガン酸化物の粒子を豊富に含むことを特徴とし、海底下の比較的浅い深度に広く分布していると報告している。
このうち、レアアースを最も高濃度で保持しているのが生物起源リン酸カルシウムである。魚類の骨や歯に由来する粒子で、専門的には生物源アパタイトと呼ばれる。海中を漂う微量のレアアースが、長い時間をかけてこの粒子に取り込まれ、濃集していく。
つまり南鳥島のレアアース泥では、レアアースの担い手が鉱物ではなく生物の遺骸である。モナザイトのように、結晶構造の中へトリウムを一緒に抱え込む仕組みがそもそもない。だから放射性元素がついてこない。
陸上鉱石とレアアース泥の違いは、濃度の差ではなく、成り立ちの差である。マグマや熱水の作用でできた鉱物と、生物の遺骸が海底に降り積もってできた堆積物では、同じレアアースを含んでいても、伴うものが変わる。
だから常温の希酸で抽出できる
担い手が生物起源リン酸カルシウムであることは、5番目の特長にも直結している。リン酸カルシウムは、モナザイトのような堅牢な鉱物と違い、薄い酸に常温で溶ける。高温高圧の処理や、強い薬品を必要としない。
2018年の発表では、この性質を利用した選鉱手法が示された。粒子の比重差を使ってリン酸カルシウムを選り分け、レアアース濃度を大幅に高めてから抽出する、という考え方である。
陸上鉱石の精製で最も費用がかかる工程の一つが、放射性物質を含む残渣の管理だった。レアアース泥では、その工程がそもそも発生しないことになる。精製ボトルネックの解説で扱った構造の、外側に出られる可能性がある。
それでも残る課題
ここまでは有利な点である。だが「放射性物質を含まない」ことは、事業として成立することの保証ではない。
レアアース泥が存在するのは水深6,000メートル級の海底である。2026年2月には全長5,569メートルの揚泥パイプを用いた採泥に成功しているが、これは技術的に可能かを確かめる段階だった。産業として成立するかは、2027年2月に予定されている1日約350トン規模の本格採鉱試験で問われる。詳細は政府側のロードマップで扱っている。
また、放射性物質の問題がないことと、環境影響がないことは別である。この点について、JAMSTECは2025年12月23日の発表で、今回の採鉱システムが「閉鎖型循環方式」であり、閉鎖系で稼働するため採鉱時に発生する懸濁物の漏洩・拡散を抑止できると説明している。海洋環境への影響についても、国際標準規格ISOを用いた海底と船上での同時モニタリングが実施された。2026年7月24日に公表された試験結果では、回収した泥から有害物質および放射性物質の有意な数値は検出されなかったとされている。
残るのは、海の中ではなく陸に上がってからの工程である。2027年2月の本格採鉱試験では、揚泥したスラリーを南鳥島へ船舶輸送して陸揚げし、脱水して「マッドケーキ」にしたうえで本土へ運ぶ計画が示されている。その脱水で分離される水や、残る残渣をどう処理するかについては、公表資料で確認できなかった。
南鳥島の泥の利点は、レアアース開発が長く抱えてきた負担の一つを外せる可能性がある、ということである。それ以上でもそれ以下でもない。
この記事で確認できなかったこと
以下は、公表資料で裏づけが取れなかった事項である。確認できていないことを、確認できていないと記しておく。
- レアアース泥に含まれるウラン・トリウムの具体的な濃度。加藤泰浩教授の2017年シンポジウム資料は「身の回りの岩石よりさらに少ない」と示しているが、具体的な数値は確認できていない。藤永公一郎氏らの論文(Geochemical Journal 50, 575–590)の組成表に数値がある可能性があるが、本稿執筆時点で本文を参照できなかった
- 「ほとんど含まない」が、規制上のどの閾値と比較しての表現なのか
- 陸上鉱石との定量的な比較。モナザイト等の放射能濃度についても、原典を特定できていない
- 陸上での脱水後に残る水や残渣の具体的な処理方法。2027年2月の本格採鉱試験では南鳥島で脱水して「マッドケーキ」にする計画が示されているが、分離された水や残渣の扱いは公表資料で確認できなかった
【依拠した資料】早稲田大学および東京工業大学「南鳥島レアアース泥の資源分布の可視化と高効率な選鉱手法の確立に成功」(2018年)/Takaya, Y. et al. "The tremendous potential of deep-sea mud as a source of rare-earth elements", Scientific Reports 8, 5763(2018年)/Fujinaga, K. et al. "Geochemistry of REY-rich mud in the Japanese Exclusive Economic Zone around Minamitorishima Island", Geochemical Journal 50, 575–590(2016年)抄録/海洋研究開発機構・東京大学による2013年の発表(科学技術振興機構 Science Portal 掲載)/海洋研究開発機構「南鳥島EEZ海域でのレアアース泥採鉱システム接続試験の実施について」(2025年12月23日)/同「同 結果について」(2026年7月24日)/加藤泰浩「今こそ『レアアース泥』開発を―その開発の可能性と重要性―」海洋技術フォーラム シンポジウム発表資料(2017年9月12日)。いずれも2026年9月閲覧。
本記事は公表資料にもとづく記録であり、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任において行ってください。
